「孫贔屓(びいき)」
紀代(のりよ)は義両親があまり好きではなかった。
紀代の娘である一華が産まれた際に、義両親が言った一言が忘れられないからである。
「爽太のほうが可愛かったわね!」
「俺達には内孫の爽太がいるからな」
爽太は、義両親が同居している義兄夫婦の息子である。
義両親は一緒に住んでいる爽太を内孫と呼び、離れて暮らしている一華を外孫と呼んでいた。そして、爽太と一華(いちか)に対してあからさまな差別をしていたのであった。
まだ歩かないような赤ちゃん時代から、一華ははっきりとした差別を受けていた。
正月に義実家に集まった際に、義両親は家族みんなの前で、爽太にだけお年玉を渡したのだ。
「これ、爽太にお年玉だぞ」
「一華ちゃんはまだ小さいから、お年玉はまた来年ね」
爽太と一華は、3ヶ月しか誕生日が違わない同級生である。
これには紀代の夫である弘人(ひろと)も怒りを見せた。
「一華と爽太は同い年だろ」
しかし、義両親は悪びれもせずにこう言った。
「でもほら、爽太は男の子だし、内孫だから…」
まだ何か言いたげな弘人を抑え、紀代は静かに首を左右に振った。
義兄と義兄の嫁は気まずそうな顔をしていた。
その後、爽太と一華が3歳くらいになるまで、義両親による孫差別が続いた。
爽太の誕生日会はするが一華にはしない、爽太の好きな物は何だって買うのに、一華には何も買わないなど、小さいことから大きいことまで積もって行った。
爽太が贔屓されていることに一華本人が気づき始めたら、紀代は義実家と縁を切ろうと考えていた。
しかし、状況が大きく変わる出来事が起きた。
爽太と一華は同じ名門幼稚園を受験したのだが、一華だけが合格した。すると突然、義実家の態度が急変した。
「やっぱり、女の子はいいわよね。優しいし!」
「一華の好きな物、なんでも買ってやるぞ!」
手のひらを返したかのように一華にすり寄る義両親を見て、紀代は心底呆れてしまった。
「お義父さんお義母さん、これまで一華のことを外孫だからと蔑ろにしていたのに、おかしくないですか?」
「いやだわ紀代さん、そんな昔のことを掘り返して。私達はずっと一華ちゃんを可愛がってきたわよ」
あまりに白々しい態度に、弘人が激怒した。
「親父もお袋も、頭おかしいだろ。これまで散々爽太を贔屓してきたのに、なんなんだよ!」
義両親は互いに目配せをして、こう言った。
「だって…ねぇ。幼稚園受からなかったでしょう?」
「これまで、うちの家系に受験に失敗するバカなんていなかったんだ。爽太は本当に俺達と血が繋がっているのか?」
今度は義兄が怒鳴り声を上げた。
「言っていいことと悪いことがあるだろ!」
「不合格だなんて、恥ずかしいわ。ご近所の人になんて説明したらいいのか…。自慢しちゃったのよ、孫が名門幼稚園を受験するって」
「あり得ない。アンタ達最低だよ。孫はアクセサリーじゃないんだ。もう絶縁だ!家も出る、アンタ達とは一生会わない!!」
勢いよく部屋を出ていく義兄に声も掛けず、義両親は弘人と紀代に笑顔を向けた。
「じゃあ、弘人達と一緒に暮らそう」
「一華ちゃんと暮らせるなんて楽しみだわぁ」
弘人はこれまで見たことがないほど、顔を赤くして怒っていた。
「一緒に住むわけないだろ。こっちも絶縁だ!」
紀代は、弘人の言葉に深く頷いた。
義両親が背後で何か言っていたが、全て無視をして義実家を出た。
その後、紀代は一度も義両親には会っていない。義兄家族も会っていないそうだ。
老後に寂しい思いをさせるかなとも思ったが、全て自業自得だと感じた紀代であった。
おわり。