「義母ダイエット」
「やだ、柚葉さん、また太ったんじゃない?」
義母の言葉に、柚葉は体を強ばらせた。
柚葉は普通体型で、至って健康である。30歳を超えた辺りから少し脂肪がついた気がするが、元々筋肉量が多いのでさほど気になっていない。
しかし、義母は柚葉のことを太った人と認識していた。
義母はスレンダーな体型をしており、それを誇りに思っている人であった。
義父に先立たれた義母との同居が始まってから、柚葉は毎日のように体型のことを言われた。
「あんまり太ると健康に良くないわよ?」
「すみません、気を付けますね」
「あなた、毎日お菓子食べているでしょう?止めれば痩せるわよ。私が若い頃は…」
聞いてもいないのに語り出す義母を見て、柚葉はまたかとため息を吐いた。
義母は色々なダイエット方法を試すのが好きらしく、現在もテレビや雑誌で仕入れた情報を元に、あれこれとやっていた。凝り性と自分に厳しい性格が相極まって、義母は心配になるほど痩せていた。
柚葉が作った食事は高カロリーだからと手をつけず、一人でサラダのみを食べていることもあった。
「柚葉さん、痩せる気はあるの?そんなに太いままで、恥ずかしくないの?」
これまで幾度となく投げ掛けられたこの言葉に対し、柚葉はいつも曖昧な返事をしていた。
しかし今日に限って虫の居所が悪く、義母にイラついた返事をしてしまった。
「まあ、別にダイエットの必要はないですけどね。普通体型の私にそんなに言うなら、しますけど」
口に出した後に、しまったと思った。
義母は目を輝かせ、柚葉の手を握ってきた。
「じゃあ、私と一緒にダイエットをしましょう!やってみたいことがあるのよ」
柚葉はひきつった顔で、渋々承諾をした。
しかし、柚葉はすぐにこの選択を後悔することになる。
翌日から早速、義母監修のダイエットが開始された。
「家中のお菓子は全部捨てておいたから。糖質カットね。主食はオートミール以外はダメよ。果物もダメだから。飲み物は水かお茶だけね」
「え…」
あまりのストイックさに、柚葉は言葉を失った。
「私も付き合うから!2人でやれば、あっという間に痩せられるわよ」
「…はい」
こうして、柚葉と義母のダイエットが始まった。
義母は本当に徹底していた。柚葉がルールを守っているかずっと監視しており、スーパーや犬の散歩へ行くときでさえついてきた。
「散歩くらい一人で行かせて下さいよ」
「間食したら困るでしょ?」
「しませんから」
「…じゃあ、財布は置いていってね」
柚葉のことを信用していない口ぶりも、柚葉からしたらストレスの対象だった。
ダイエットを開始して2週間が経った。
柚葉はかなりスッキリしたのだが、栄養が足りないのか具合が悪くなることが増えた。
「柚葉さん、オートミールを食べすぎかも。もう少し量を減らしましょう」
「もう、ダイエットはおしまいでいいです。体調が悪くなってきたので」
「何を甘えたこと言ってるの!せっかく痩せてきたのに。嫁がデブだなんて、私が恥ずかしいでしょう!?」
痩せすぎて目が落ち窪んだ義母が、声を荒らげた。痩せこけているのに目だけは異様にギラついていて、様子がおかしくなっていた。
興奮して肩で息をする義母をなだめようとした瞬間、義母は突然白目を剥いて後ろに倒れた。
「お義母さん!」
柚葉は慌てて救急車を呼んだ。
義母は栄養失調と骨粗鬆症になっていた。
ことの経緯を説明した医者にこっぴどく叱られ、歩けなくなると言われたことで反省したらしい。
「柚葉さん、ごめんなさいね。やりすぎちゃったわ…」
すっかり大人しくなった義母は、柚葉の手料理もしっかり食べるようになった。
義母のお陰で痩せられたことはラッキーだったが、もう二度と極端なダイエットはしないと心に決めた柚葉であった。
おわり。