「店の金を使い込んだトメ」
私にはそろそろ結婚して1年になる夫がいる。
夫とは美容の専門学校時代に出会っていたのだが、ずいぶん経ってひょんなことから再会し夫の猛烈なアプローチでお付き合いにまで発展しトントン拍子結婚することになった。
夫も美容師で家業を継いでいるので結婚後は義実家で同居をしている。
夫の店はこの辺りではおしゃれな美容院だと人気が高く、夫はカリスマ美容師として活躍している。
今年はコンテストもあるので忙しい中深夜まで練習もしてかなりハードな日々を送っている。
「お、あけみちゃん今日も綺麗だね」
「いつもありがとうございます」
私は時間のある時は時々お店の手入れなどをしに来るのだが、お客さんにも顔を覚えてもらってきたのでこうやって話しかけてもらえるようになってきていた。
「あけみさん、家のこともまだ終わってないんだから戻っていいわよ」
トメもよく店先で愛想よく掃除なんかをしているが私が店に来るのが気に入らないようでいつもこんな感じで追い返されてしまう。
夫は忙しいおかげでゆっくり家にいれないのが難点だが、こうして仕事が軌道に乗ったおかげで自宅兼美容院のリフォームができたりと余裕がでていた。
トメはこのことでかなり天狗になっていて趣味の旅行や買い物などで豪遊しているようだった。
夫はトメを信用しているようでそれに関しては何も言わない。
義父は数年前に他界してしまっているのでトメを注意するのは私の仕事になっている。
そのおかげなのかあまり関係が良くないのだ。
私も長年独身だったので自分の店を持つことが夢だった。
妊活が終わり次第この店で働くことになるので楽しみにしていた。
トメはさっさと子供を作って働かない私に対してイライラしているようで、一緒に住み始めた頃から「まったく、孫が抱ける日はいつかしらね」などと圧をかけてきたり、私のお風呂の時にはわざとお湯を抜いたり、ドライヤーを隠したり、陰湿な嫌がらせをしてきている。
「私だって好きで仕事を辞めたわけじゃないのに……」
妊活中ということで少しは気を使ってもらえると思っていたので思いもよらない態度に最初は驚いたが早く子どもを作ることだけ考えようと私は私で必死だった。
始めはトメと分担していた家事も「無職は暇でしょ」なんて言われ気付けば全て私に丸投げされている。
慣れない家で嫌がらせをされながら一人で全ての家事をしているので疲労とストレスが妊活中の体に響いていった。
それからもトメは「無職でご飯もまともに作れないなんて困っちゃうわね」そういって私が作った朝食を目の前でゴミ箱に捨てたり、味が濃すぎると鍋に水を入れて台無しにしたり、私が言い返さないことをいいことに好き放題だった。
徐々に私はストレスで夜も眠れなくなっていた。
限界に達した私は夫に相談することにしたのだった。
「あのね私、お義母さんに嫌がらせをされているの」私がそういうと夫は「母さんがそんなことするのか……?」と疑ってきた。
「つとむがいない日中は酷いのよ……もう私どうにかなりそう……」
夫は私の顔を見て「分かった。少し言ってみるよ」といってくれたので少しホッとした。
翌日、夫はトメに注意してくれた。
言ってくれただけで何となくすっきりしたが、しかしこのことが逆効果になってしまった。
「あけみさん、私達上手くやっているのにつとむに私から嫌がらせされてるなんて人聞きの悪いこと言って、どういうつもりかしら」とトメが怒った口調で迫ってきた。
「子どもはできないし無職で文句言っていい身分だわね」
トメはそういうと私の母の形見のグラスを投げて割ったのだ。
「きゃ!なんてことするんですかお義母さん!もう、いい加減にしてください!」
私はさすがにショックで泣いてしまった。
「あら、今日は言い返すのね、私しばらくまともなもの食べてないからお食事に行ってくるわ」トメはそういって部屋を後にした。
「お母さんの大事なグラスだったのに……絶対に許せない!私は好きな仕事を辞めて一生懸命妊活も家事も頑張ってるのに……」
全てのやる気が一気に失せた。
こんな家、勝手にすればいい。
私は実家に帰った。
案の定夫が迎えに来てたが、私は断り続けた。
そもそも、コンテストを控えた忙しい夫に迷惑をかけたくなかったので詳細を愚痴ることもなく、夫の適当な対応でこうなってしまったのだ。
しかし夫はどうやら今回の件も、ただの嫁と姑の軽い喧嘩くらいにしか思っていないようだった。
私はストレートに同居を解消したい、それが叶わぬなら離婚したいと申し出た。
憤慨する夫に私は冷たく言い放った。
「そんなにお義母さんのことが好きなら店の預金を調べてみなよ」
「は?」
トメの暮らしぶりを目の当たりにしていた私は常々、その散財ぶりを疑問に思っていたのだ。毎度の外食に度々目にする新しい装飾品。
貯金があったとしても羽振りが良すぎる。
あのタイプの人間は自分のお金は使わないもの。散財するのは人の金と相場は決まっている。
夫婦のお金は私が管理しているが、店のことに私は関わっていない。
その場でスマホで口座をチェックする夫。
結果は案の定だった。
「どうして言わなかった」とキレかかる夫に対し、私もキレ気味に返す。
「言ったわよ。でも、お義母さんのことに聞く耳を持たなかったのはあなたでしょ!」
そうだ。私は言った。トメの嫌がらせも、羽振りが良すぎる生活についても、全て夫には話していた。
コンテストで頭が一杯で聞く耳を持たなかったのは夫である。
結局。夫がトメを問い詰めたところ、使い込みをアッサリと認めたそうだ。認めたものの悪びれずにこう言ったという。
「元々はお父さんのお店なんだし私が使って当然じゃない」
トメにしてみれば、客が着いた店を息子が辞めるわけがないと高を括っていたのだと思う。
しかしこうなると、私への仕打ちも含めて夫の判決は厳しかった。
「母さん、俺もうこの店を辞めて出ていくよ」
明らかに狼狽するトメ。
「な、なにを言ってるのよ、あなた無一文になっちゃうじゃない」
「無一文になるのは母さんの方じゃないか」
「母さんがあんな人とは思わなかったよ。今まで忙しすぎて気にしていられなくて悪かった。二人で一からやり直そう」
そこからの夫の行動は早かった。
隣町に居抜きの物件を見つけて半月後には営業を開始した。
洒落た店というわけではないが、ともかくお客さんは来てくれた。
その様子を察するやトメは「このお店はお父さんの形見なのよ」と情に訴える作戦に出たようだが夫は相手にしなかった。
そんな中で行われたコンテストだったが夫は最上位を受賞することができた。
夫を祝おう(いわそう)と控室へ行くとトメの姿があった。
「コンテスト、良かったわ。色々あったから。さすがつとむだわ……」
しかし夫はそんなトメの言葉にまるで耳を貸さなかった。というか、聞こえないフリをしていた。
結局、トメはそのまま帰ってしまった。
その日は二人で夫と優勝のお祝いをした。
その後店は繁盛し、私たちは子どもにも恵まれ、今は三人で幸せにやっている。
トメは広い家で一人、ひっそりと暮らしているようだ。
おわり。
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