「夫子育て」
遊佳と幸平は、結婚して7年になる。なかなか子どもに恵まれなかったが、ようやく待望の第一子が誕生した。
遊佳は子の性別はどちらでもよかったのだが、義母と幸平は強く男児を希望していた。2人の希望通りに男児が産まれたときは、お祭り騒ぎだった。
「俺の名前から一字取って、幸太と名付けよう!」
今まで見たことがないほど喜ぶ幸平を見て、遊佳は幸せな気持ちになった。
幸太の世話を進んで行い、遊佳がいなくても平気なほど育児を頑張っていた。想像以上の溺愛っぷりを、遊佳は微笑ましく思っていた。
しかし、幸平と子育てをしていくと、ときどき違和感を覚えるようになった。
「緑色の服を着せよう。俺は小さい頃、ずっと緑色を着ていたんだ」
「そうなんだね」
「あと、おもちゃは俺が使っていたのが実家にあるから、今度持ってくるよ」
「…うん」
幸平は、やけに自分の幼少期と同じことをさせたがった。
幸太が2歳になると、それは顕著になった。
「スイミング教室に通わせよう。もう少し大きくなったら、サッカーをやらせないと」
「幸太がやりたがったらでいいんじゃないの?」
「いや、俺の子だ。絶対にサッカーが好きに決まっている。俺がそうだったんだから」
遊佳は幸平に対して、不満を持ち始めた。そして幸平と同じくらい、義母のことも嫌だった。
義母もなにかと幸平と幸太を混合してくる節があったのだ。
「幸太にリンゴを買って来たわよ!リンゴ大好きでしょう?」
「お義母さん、幸太はリンゴ苦手なんです」
「あら?幸平は好きだったのに」
「…幸太は幸太ですよ」
まだ物心つかない幸太に対し、義母や幸平が自分たちのいいように刷り込みを行っている気さえした。
幸太は外で遊ぶより絵本を読むほうが好きな子なのだが、義母と幸平は無理矢理外に連れ出していた。幸太が公園から帰りたいと泣いても、もっと遊ばせようとした。
このままでは幸太の個性を潰してしまうと考えた遊佳は、幸平と話し合いをすることにした。
心のうちを全て吐き出した遊佳に対して、幸平は激しい怒りを見せた。
「俺と同じように育てて何が悪いんだ!」
「幸太には幸太の個性があるのよ。公園より家で遊びたい子だし、リンゴは好きじゃない。全部あなたと同じとはいかないのよ」
「今から矯正すればいいだけだろ!」
「…その考え方を変えないつもりなら、離婚も視野に入れさせてもらうわ」
その瞬間、幸平は遊佳の頬を強くひっぱたいた。
椅子から落ち、鈍い音を立てて床に転がった遊佳。
幸平は謝りもせず、部屋から出て行ってしまった。
翌日、義実家で義母の誕生日会があった。
義母はニコニコしながら、幸太に幸平が好きな食べ物を勧める。微妙な反応をする幸太に、こう言った。
「パパはこれが好きだったのよ。幸太もたくさん食べて、パパみたいにならないと!」
遊佳は自分の頭の奥で、何かがプツっと切れる音を聞いた。そして気づいたら、言葉が勝手に口から出ていた。
「はっきり言わせて貰いますけど、幸平みたいに育ったら困るので」
「…え?」
その場の空気が凍る。
幸平も義母も目を見開いていた。
「だって幸平みたいになったら、中学受験も落ちるし大学も滑り止めだし、就職もパッとしない癖に、嫁に手を上げるバカな男になるってことですよね。やだなぁ、ははは」
幸平は俯いた。
「…あなた、遊佳さんに手をあげたの?」
義母は信じられない物を見る目で幸平を見ていた。というのも、義母は幸平が子どもの頃に義父から暴力を受け、離婚していたのだ。その為、義母は暴力に対して人一倍敏感だった。
バツが悪そうにする幸平を叱り続ける義母。
遊佳は心の中でガッツポーズをした。
味方を失った上、遊佳に罵倒された幸平はすっかり大人しくなった。
今では幸太の意思を尊重した育児を行っている。
幸平には、反面教師としてこれからも頑張って貰おうと思った遊佳であった。
おわり。