「近所迷惑」
佐藤みのりは、町内会長を務めていた。自身で志願したわけではなく、持ち回りなので仕方なくやっている状態である。
みのりが住む場所では町内会の活動があまり活発ではないため、特に問題が起きなければ何もないまま任期を終えることが出来る。
みのりの任期が残り数ヶ月となったとき、近所に石田という家族が引っ越してきた。
みのりが町内会の案内を石田の家に届けに行くと、石田の妻は大層嫌そうな顔をした。
「……町内会って、絶対入らないとだめなんですか?」
「いえ、絶対と言うことはありません。ただ、近所の方々と交流できるチャンスではありますよ」
「はあ。だったら、うちはいいです。この紙も要りませんから」
石田の妻は町内会の案内をみのりに押し返し、挨拶もなしに玄関のドアを閉めてしまった。
ちょっと怖い人だな、と思いつつ、みのりは大人しく家に帰った。
この石田家が、後にみのりの心を荒ませる原因になるとは、このときは思いもしなかった。
数日後、みのりが風呂上がりに晩酌をしていると、突然インターフォンが鳴った。カメラには石田夫婦が映っていた。
慌ててドアを開けると、石田夫婦は怖い顔つきで捲し立てるように話しだした。
「あの、隣の家から子どもの笑い声がするんです、うるさくて。近所迷惑です。なんとかして貰えませんか?」
矢継ぎ早に言われ、みのりは混乱した。
「えっと、なんとかって言うのは…?」
「あなた、町内会の会長ですよね?騒音問題を解決してください」
「わかりました……明日、石田さんのお隣の家にはそれとなく伝えておきますから」
「今すぐ言って下さい。警察呼びますよ?」
みのりは石田の勢いに圧倒された。
なんとかその日は帰って貰い、翌日、早速石田の隣に住む、木下の家に行ってみた。
事情を説明すると、木下は気まずそうにみのりに言った。
「実は、もう何度も石田さんに子どもの声がうるさいと言われているんです。うちは窓も閉めているし、できる対策をしているのですが、石田さんは窓を閉めてくださらなくて…。むしろ、石田さんの家のテレビの音がうちに聞こえてくるくらいなんです」
木下はいかに石田に困っているかを語り始めた。
みのりは内心、面倒なことになったなと思った。
その後も、石田はことあるごとにみのりの家にやってきては、近所の問題を解決しろと言った。
石田家の横がゴミ集積所なのが気に要らないから変えろ、近くの家の犬が吠えるのがうるさいから注意しろ、近所で子どもがシャボン玉しているのが嫌だからやめさせろ等、みのりがどうしようも出来ないことまで言ってきた。
次第に石田家は近所で疎まれるようになり、皆が避けるようになった。
翌月のある日、早朝にみのりの家のインターフォンが鳴った。また、石田夫婦だった。
「あの、車のバッテリーが上がったので、なんとかして貰えませんか?」
「……え?」
時計は午前6時を指している。みのりは開いた口塞がらなかった。
「隣の家とかに頼んだんですけど、出来ないとか、そもそも居留守使われたりとかして。この近所の人達、冷たいですよね」
はあ、とわざとらしくため息を吐く石田夫婦に、ちょっと待っててと声をかけてリビングに行った。
そして、車のお助けサービスの宣伝がされているチラシを渡した。
「ここに電話して下さい」
「は?お金取られるじゃないですか。あなたが直して下さいよ。近所同士、助け合いが常識じゃないんですか?」
石田の口ぶりに、みのりは飽きれを通り越して笑いが込み上げてきた。
「いいですか石田さん、朝6時に家を訪問するのは非常識ですよ。近所の方々に助けてほしいのであれば、ご自身の行いを見返してくださいね。今のあなた達を、近所が助けるわけありませんから」
ギャーギャーと騒ぐ石田夫妻を玄関から追い出し、みのりは思わず笑ってしまった。
その後、石田夫妻は誰が挨拶をしても無視をするようになり、近所から更に孤立していった。何かあっても関わるのはやめようと、心に決めたみのりであった。
おわり。