「虫嫌い義母」
ミドリは、ついに念願のマイホームを建てた。これまで夫婦二人三脚で貯金を頑張り、息子である士郎の希望を最大限に叶えた自慢の家である。
自然公園のすぐ脇に位置しているため、野鳥の鳴き声がよく聞こえ、庭に昆虫がやってくる。士郎は生き物が大好きなので、たくさんの昆虫に目を輝かせていた。
住み初めて3ヶ月が経った頃、ある日突然、義母から一本の電話が来た。
『住んでいるアパートが取り壊されることになっちゃって…次のアパートが見つかるまでの少しの間、そっちの家に居させてくれないかしら』
正直、ミドリは嫌だった。
義母は昔から色々と口うるさく、それに嫌気がさした義父が熟年離婚をするほど、性格に問題があるからだ。
遠回しに義姉の家を勧めてみたが、新築の一軒家に住んでみたいという理由だけで、ミドリたちの家に白羽の矢が立ったようだ。
「ほんの少しの間だよ。アパートすぐに決めさせて追い出すから、な?」
夫である伸彦にそう言われ、ミドリはしぶしぶ承諾をした。
しかし、この判断が誤りだったことに、ミドリはすぐに気付かされた。
義母はミドリの想像以上に口うるさかったのである。
「やだ、家の中で虫飼ってるの?気持ち悪い。すぐ捨ててよ。私、虫が嫌いなのよね」
「士郎が好きなので。士郎が大事に飼っていますから…」
「はあ、私の部屋には絶対に近づけないでよね!」
義母は貸した和室を自分の部屋のように呼び、荷物を散乱させて一日中テレビを見ながらお菓子ばかり食べていた。
「今日はアパートを探しに行かないんですか?」
見かねたミドリが声をかけると、義母はミドリを睨み付けた。
「今、不動産屋が動いてるから放っておいてちょうだい。そんなに私に早く出ていってほしいわけ?」
その通りだよ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、ミドリは苦笑いをした。
一週間経っても、二週間経っても、義母は出ていく素振りを見せなかった。それどころか、アパートの内見にいく姿すら一度も見ていない。生活費を貰ったこともなく、ミドリはどんどん不快な気持ちになっていった。
ある日、ミドリがスーパーから帰ると、小学校から帰宅していた士郎が大声をあげて泣いていた。
「どうしたの!?」
ミドリが慌てて駆け寄ると、士郎は顔を真っ赤にさせながら言った。
「ぼ、僕の、虫たちをおばあちゃんが捨てちゃった…!」
庭には空になった虫かごや飼育ケースが散乱していた。
「お義母さん、なんでそんなことするんですか!?」
「私は虫が嫌いって言ったでしょう!?なのにいつまでも家に置いて…まったく。殺虫剤も撒いたから!」
泣きじゃくる士郎を抱き締めながら、ミドリは義母への復讐を決意した。
その日の夜、ミドリはバナナと砂糖、焼酎を入れたいわゆるバナナトラップと呼ばれる仕掛けを用意した。そしてそれを、義母が寝ている和室の窓付近に吊るしておいた。
数日後、ミドリは義母に部屋の換気を頼んだ。
「和室の窓を全開にしてもらっていいですか?埃が溜まっていますし」
義母はブツブツ文句を言いながら、勢いよく窓を開けた。
その瞬間、バナナトラップが大きく揺れ、袋についていた大量の虫が義母の服にくっついた。
「ギャーーーー!!!」
義母は信じられないほど大きな声を上げ、勢いよく後ろに倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
笑いを堪えてミドリが駆け寄ると、義母は震えながら涙を流していた。
その後、義母はすぐにアパートを見つけて引っ越して行った。
伸彦の家にいるのは無理だと、何度も言っているようだ。
士郎には可哀想な思いをさせてしまったが、義母が出ていってすっきりしたミドリであった。
おわり。