「義母とシャンプー」
「あれ?また減ってる…」
彰子(あきこ)はシャンプーのボトルを振りながら、大きなため息を吐いた。
義実家と同居を始めて3ヶ月が経つが、彰子には悩みがあった。それは、彰子のシャンプーやリンスを義母が勝手に使うことであった。
些細なことと言われればそうかもしれない。しかし、彰子はヘアケアにこだわっており、シャンプーやリンスはサロンで取り寄せた高いものを使用していた。
ロングヘアーである義母が毎日のようにそれを使うと、それなりの出費になってしまう。
もちろん、義母のシャンプーやリンスは浴室に置いてあるが、量が全然減っていなかった。
揉め事は避けたくてこれまで口を閉ざしていたが、一度気になるといてもたってもいられず、彰子は義母と話をすることにした。
「お義母さん、あの、私のシャンプーとリンスのことなんですけど…」
彰子が話を始めた瞬間に、義母は顔をそらしながら言った。
「私、使ってないわよ」
「…でも、減りが異常に早くて」
「私じゃないったら。何、人を泥棒扱いするの?」
「そうじゃないんです。お義母さんもお気に召したのなら、売っているところをお教えしようかと思いまして」
「使ってないから、気に入るなにもないわよ!絶対使ってないから」
知らぬ存ぜぬを突き通そうとする義母を見て、彰子はこれ以上の追及を面倒に感じ、話すのを止めた。
その日の夜、畳んだタオルを洗面所に運んでいた彰子は、浴室で義母がボソボソと何かを一人言を言っていることに気付いた。そっと耳を済まし、聞こえてきた言葉に絶句した。
「全く…彰子さんはシャンプーぐらいでケチケチうるさいわね。今日は5プッシュくらい出してやろうかしら。嫁の癖に生意気なのよね…高いもの使っちゃってさあ」
義母の言い種に腹が立った彰子は、夫である和巳(かずみ)に相談をした。
「えー、シャンプーくらい別にいいじゃん」
「でも結構高いやつだし。絶対使ってるのに、使ってないって嘘つかれるのも嫌なんだよね」
「じゃあさ、シャンプーの代わりに洗剤でも置いておけば?」
和巳は冗談だと笑っていたが、彰子はそれがとてもいい案に思え、実行することにした。
準備は、至って簡単だった。まず、ネットで海外製かつポンプ式の食器用洗剤を購入。そしてそれをお風呂場に置き、自分のシャンプーをしまうだけである。
その食器用洗剤はピンク色のボトルに入っており、フランス語で説明文が書いてあるため、洗剤に見えないおしゃれなものであった。
数日後、義母が不愉快そうに頭をかきながら彰子の元へやってきた。
「彰子さん、お風呂場にあるピンクのボトルのシャンプーなんだけど…」
「え?お義母さん、あれ使ったんですか?」
彰子はわざとらしく首を傾げた。
「つ、使ってないわよ。ただずっとあるから、気になっただけで…」
「あーよかった。あれ、食器用洗剤なんですよ」
「えっ…」
義母の動きが止まった。
「この前、服にソースが飛んで落ちなくて。お風呂場に食器用洗剤持ち込んで洗っていたんですー。それをしまい忘れちゃって」
ボサボサになっている義母の髪の毛を見て、彰子は笑いを堪えるのに必死だった。
「そ、そうなのね」
「お義母さん、まさか私のシャンプーと間違えてないですよね?食器用洗剤で髪なんか洗ったらキューティクルなくなりますし、油分とれすぎてフケでますからねぇ。あ、でもお義母さんは私のシャンプーは使わないか」
彰子の言葉が終わらないうちに、義母はその場からいなくなった。遠くで、慌てて美容院の予約をする声が聞こえた。
その後、義母が彰子のシャンプーを勝手に使うことはなくなった。
作戦が上手くいって、笑いが止まらない彰子であった。
おわり。