「義両親宗教」
菜津美には心配事があった。それは、義両親が宗教に傾倒していることである。
しかも一般的に有名な宗教ではなく、いわゆる新興宗教と呼ばれる新しく出来たばかりの宗教だ。
夫の京太郎曰く、昔はそうではなかったらしい。義父が交通事故にあって危篤になったときから、入信したようだ。
「先生のお力はすごいのよ。先生が気を送って下さったから、義父(おとうさん?)は目を醒ましたのよ」
義母は興奮気味にそう語り、(いかに先生)と呼ばれる教祖が素晴らしいかを口にしていた。
義父は一命を取り留め、その後に入信したとのことであった。
信仰は人の自由であるが、義両親はやけに先生に入れ込んでおり、先生のお導きとやらを受けるために毎月かなりのお金を払っているそうだ。
菜津美は、義両親が詐欺にあっているのではないかと気にしていた。
「京太郎、お義父さんとお義母さん、大丈夫かな。騙されているんじゃないかな」
「だったとしても、2人は俺達の話なんか聞いてくれないと思う」
「お金、全部搾り取られちゃわないか心配だよ」
「…まあな、親父の退職金とか老後の積み立てにまで手を出してたら困るもんな…」
菜津美と京太郎は、義両親にそれとなく話をすることに決めた。
翌週、早速義実家に行った2人。そこで、衝撃的な光景を目にすることとなった。
なんと、義実家のリビングには先生が印刷された巨大なタペストリーが飾られていたのだ。
「さあ、京太郎も菜津美さんも、先生にご挨拶して!」
「これは特注なんだ。信仰が深い人しか買えないんだよ」
タペストリーに向かって手を合わせる義両親の姿を見て、菜津美は顔がひきつった。
「なあ、親父、お袋。この先生って大丈夫なのか?これまでどれだけお金を使ったんだ?」
「お金のことは言っちゃダメなのよ。言葉に出してもダメ。先生に怒られちゃうから」
もはや何を言っても無駄ではないか、と菜津美は思った。
「そう言えばあなた達、子どもはまだなの?」
「欲しいとは思っていますが、子どもは授かりものですから…」
「今度、先生に気を送って貰いましょう。菜津美さんの体に、毒素が溜まっているのよ。だから子どもが出来ないんだわ」
「いえ、結構です」
自分に向けられた義母の笑顔を、菜津美は怖いと思った。
そしてもう義両親は手遅れなところまで沼にハマっているように見えたため、関わりたくないとさえ思った。
義実家から帰宅した京太郎と菜津美は、深いため息を吐くことしか出来なかった。
義実家とさりげなく距離を置いていたが、翌月、菜津美だけ呼び出しを受けた。京太郎が仕事でいない日に義実家に行くのは嫌だったが、義母がどうしてもと譲らなかった。
漠然とした不安を抱えたまま、義実家へ行く菜津美。
いつも通りリビングに行くと、そこには先生と呼ばれるあの人物が鎮座していた。
「え…?」
菜津美は、衝撃のあまり言葉を失った。
「菜津美さんの体の毒素を取るために、わざわざ先生がお越し下さったのよ!」
義母に背中をグイグイ押され、逃げられないように義父に肩を掴まれた。
「菜津美さん、はじめまして」
先生が両手で菜津美の手を包み込む。
菜津美は全身に鳥肌がたった。
「や、やめてください!」
「大丈夫です。力を抜いて」
先生に下腹部を触られ、菜津美は絶叫した。
そして力一杯暴れ、義両親を突き飛ばし、義実家を飛び出した。
その後、今回の出来事に激怒した京太郎が義実家と絶縁し、菜津美は義実家に行くことはなくなった。
数ヶ月後、テレビのニュースで先生と呼ばれたあの男が、詐欺と婦女暴行の罪で逮捕され、パトカーに乗せられる様子が映し出されていた。
菜津美はそっとテレビを消し、見なかったことにしたのであった。
おわり。