「寝煙草義父」
汐織には悩みがあった。それは、同居をする義父が寝煙草を止めてくれないことである。
義父の自室だけでなく、リビングでも寝転びながら煙草を吸っており、その姿を見ると汐織はヒヤヒヤした。
義実家は古い家で、部屋のほとんどが畳である。そのため、万が一引火でもしたら、あっという間に燃え広がる可能性があった。
義母に相談してみたこともあったが、義母は笑いながらこう言った。
「やだ、気にしすぎよ。お父さんは大丈夫よ!」
寝煙草どころか、本当は煙草自体も止めてほしいくらいだが、義父はヘビースモーカーで暇さえあれば煙草を吸っているような人であった。
リビングで洗濯物を畳んでいるときに義父が煙草を吸うと、せっかく綺麗にした洗濯物がまた臭くなってしまい、汐織はそれも嫌だった。
そんな中、汐織が妊娠していることが発覚した。
家族中が大喜びで、特に義母は汐織の体を気遣ってくれた。
「お父さん、汐織さんにも赤ちゃんにも悪いから、煙草を少し控えてくれるかしら?」
義母の提案に対し、義父はムッとした表情をしながら口を開いた。
「お前が妊娠しているときも、俺は煙草を止めなかったぞ。でもちゃんと産まれて来たんだから、問題はないだろう」
「でも…」
「でもじゃない、うるさいぞ!」
義父に怒鳴られた義母は落ち込んだ顔をし、それ以上何も言わなかった。
夫である琢磨も、義父には再三煙草に気を付けるように注意してくれたが、義父は聞く耳持たずであった。
ある時、夕食後に皆でテレビを見ていると、寝煙草が原因で火災が発生したニュースをやっていた。
「寝煙草で火事だなんて、馬鹿なやつが居たもんだな!」
笑い声を上げる義父を見て、汐織はにこやかに言った。
「お義父さんだって、お酒に酔っていたらわかりませんよ?煙草を落として、火事になっちゃうかも」
「そんな訳ないだろう!万が一、寝ながら煙草を落としたら、俺は禁煙してやる」
言質を取った、と汐織は内心ほくそ笑んだ。
そして、なんとかして義父に禁煙をさせる作戦を立てた。
翌週、琢磨が残業、義母が同窓会で家を空けている日に、汐織は義父に高いウイスキーをプレゼントした。
「いつも優しくしてくださるお礼です」
「お、気が利くな!」
義父は気分を良くして、ウイスキーをハイペースで飲んでいた。
しばらくすると、顔を真っ赤にした義父が自室に寝に行った。
汐織はこっそり義父の部屋に忍び込み、いびきをかいて寝ている義父の指に火がついた煙草を挟んだ。
そして、消火器を持って義父の部屋の前で待っていた。
数十分後、義父の大きな声が家中に響いた。
「かっ、火事だ!布団に火がついた!誰かー!!」
汐織は待ってましたと言わんばかりに、消火器を持って義父の部屋に飛び込んだ。
そして火が上がっている布団に向かって、思い切り消火器を噴射させた。
「お義父さん、大丈夫ですか!?」
「ゲホッ、ゲホッ!!」
義父は大きく噎せながら、部屋を出てきた。
汐織の手早い鎮火のお陰で、被害は布団だけで済んだ。
「お義父さん!寝煙草はしないって言ってましたよね?」
消火器の粉で顔を白くした義父が、しぶしぶ言った。
「禁煙するよ。だから、今日のことは母さんと琢磨には言わないでくれ…」
こうして、汐織は勝利を手にしたのであった。
おわり。