「嘘つき義父」
「なんだ輝(てる)、そんなこと言うな。俺が子どもの頃は…」
気持ち良さそうに自分の過去を語りだす義父を見て、またかと優季(ゆうき)は肩をすくめた。
輝は優季の一人息子で、現在小学5年生である。
素直な性格なので、義父の話を聞いて「おじいちゃんはすごいね!」と言える子だった。それに気をよくした義父は、ことあるごとに自分の話を引き合いに出して輝を叱っていた。
輝がクラスで一番、図書室で借りた本の冊数が多い話をすれば、義父は鼻息混じりにこう語っていた。
「一番本を借りたといっても、クラスでだけだろう?俺が小学生のときは、図書館中の本を全て読んだんだ。全然足りないぞ」
輝が運動会でクラス代表のリレーの選手になったと報告したときは、こうだ。
「俺は県で一番足が速かった!県下1位になってから自慢しろ!」
優季は義父の話が誇張されていることが分かっていたが、輝は素直に信じていた。輝はそんな義父を尊敬していたため、優季は何も言えずにいた。ただ、あからさまな作り話である義父の物語が、癪に障って仕方なかった。
義父が語る通りの子供であったなら、親の言うことをよく聞き、運動神経抜群、勉学にも長けた優等生になるだろう。
しかし、現状の義父を見ていると、とてもそうには思えなかった。
あるとき、長らく入院していた義祖母が退院する話が出た。義祖母は義父の母親であるが、さっぱりとした性格をしていたので、優季は義祖母が大好きだった。
退院の記念に、義祖母宅で盛大なパーティーが開かれた。
親戚中が集まり、飲み食いして盛り上がる中、お行儀よくしている輝は皆に誉められた。
「輝くん、頑張りやさんなんだってね!」
「はい、これ輝くんにお小遣いだよ」
親戚中に可愛がって貰っている輝を見て、優季も鼻が高かった。
パーティーも終盤に差し掛かった頃、輝の前にフルーツの盛り合わせが出された。
輝はキウイフルーツのアレルギーがあるため、それを避けて食べていた。
すると、キウイフルーツに手をつけない輝を見て、義父が急に叱り始めた。
「輝、好き嫌いをするんじゃない」
「僕、キウイフルーツはアレルギーなんだ…」
「アレルギーは甘えだぞ。俺が子供の頃は、好き嫌いせずに何でも食べたんだ。食べ物に感謝して、残さず食べなさい」
落ち込む輝を見て、優季が口を挟もうとしたその瞬間、義祖母が大声で笑い出した。
「何を偉そうに!アンタ、好き嫌いばかりでいつも私に怒られていたじゃないか!」
義父はバツが悪そうに、輝から視線を逸らした。
輝は不思議そうに義祖母に問いかける。
「おじいちゃん、どんな子どもだったの?」
「アイツはねぇ、手がかかったよ。勉強は全然出来ないし、悪さばかりして先生に何度も呼び出されたよ。運動神経が悪いから、どんくさくてねぇ」
優季は笑いを押し殺すのに必死だった。
輝は首を傾げている。
「おじいちゃんから聞いていた話と全然違うよ」
「ああ、アイツは昔から大嘘つきだからね!」
豪快に笑う義祖母につられて、つい優季も吹き出してしまった。
義父は顔を真っ赤にして、何も言わなくなってしまった。
輝は義父に向かって、笑顔を見せた。
「おじいちゃん。もう嘘はついちゃダメだよ」
親戚中から笑い声が上がった。
その後、義父が輝に自慢話をすることはなかった。
義父本人に直接は言わないものの、輝は「おじいちゃんみたいに嘘はつかないようにしないと。みんなに笑われちゃう」と口にしていた。
輝にとっていい反面教師がいたなぁ、と思った優季であった。
おわり。