「ヘビースモーカー夫」
愛莉には、生後8ヶ月になる娘の莉奈がいる。
夫である景太も莉奈を溺愛しており、愛莉は多幸感に包まれながら子育てをしていた。
仕事を頑張り、子育てにも協力的な景太に、愛莉は心から感謝をしている。
しかし、愛莉は景太に対して不満に思っていることがあった。それは、景太がヘビースモーカーなことである。
景太は、1日に最低2箱は煙草を吸っている。
結婚したとき、景太は言った。
「愛莉が妊娠したら、煙草をやめるよ」
愛莉の妊娠が発覚したとき、景太はこう言った。
「出産したら、煙草をやめるよ。赤ちゃんの前じゃ吸わない」
しかし、莉奈が8ヶ月になっても、景太は煙草をやめなかった。
「ねえ、莉奈が産まれたらもう煙草やめるって言っていたじゃん」
「そうだっけー?俺、ニコチン中毒だから簡単にはやめられないんだよね」
景太は優しいが、調子のいいことを言う節があり、有言実行されないケースが山ほどあった。その景太の性格を理解して愛莉は結婚したのだが、煙草だけは我慢が出来そうになかった。
キッチンの換気扇の下やベランダで吸っているものの、やはり家の中に煙草の匂いが残る。それに、1日に2箱のペースで消費されると、家計にも影響があった。
どうしたら景太に煙草をやめてもらえるか、愛莉は悩んでいた。
そんなある日、キッチンの床に煙草の吸い殻が落ちているのを発見した。
ハイハイをして家中を動き回る莉奈が、万が一それを口に入れてしまったら…と思うと、愛莉はゾッとした。
「景太、煙草の吸い殻がキッチンの床に落ちていたんだけど…」
「えっ!あ、ごめん、ちゃんと捨てたつもりだったわ」
「莉奈が誤飲したら困るよ」
「ごめん、次は絶対しないから」
真剣に話をする愛莉に対し、景太はヘラヘラと笑っていた。
愛莉は内心モヤモヤしたが、景太の言葉を信じることにした。
しかしその翌月、事件は起きた。
愛莉がリビングの掃除をしていると、莉奈が机の下でモゾモゾ動いていた。愛莉が覗き込むと、なんと、莉奈は煙草の吸い殻を口に運んでいたのだ。
「ダメ!!」
愛莉は咄嗟に莉奈を抱き上げ、口の中から吸い殻を掻き出した。
大声で泣く莉奈を抱き上げ、愛莉は慌てて近くの小児科に駆け込んだ。
病院で見てもらった結果、莉奈が煙草を飲み込んだ形跡はなく、家で様子見となった。
愛莉は莉奈への申し訳なさから涙が止まらなかった。それと同時に、また吸い殻を放置した景太への激しい怒りが込み上げてきた。
景太が帰宅してすぐ、愛莉は景太に詰め寄った。
「今日、莉奈が煙草の吸い殻を口に入れて病院に行ったんだけど」
「あれ?俺、またやっちゃった?ごめん」
「ごめんじゃなくて。莉奈の命に関わることなんだよ。もう煙草を吸うのやめてよ」
「えー、でも俺、ニコチン中毒だから…」
話を真剣に受け止めない景太に対し、愛莉は怒りが爆発した。
景太の鞄から煙草の箱を取り出すと2本掴み、馬乗りになってそれを景太の口へと押し込んだ。
「本当のニコチン中毒にしてやろうか?飲み込めよ。大人は2本で死ぬよ。莉奈は吸い殻1つでも死ぬかもしれないんだよ!!!」
景太は涙目になって首を振っていたが、愛莉は景太の口を押さえたまま怒鳴り続けた。
「ほら、飲み込めよ!ニコチン中毒なんだろ!?娘の命を危険に晒してもやめられないほど、煙草が好きなんだろ!!」
しばらく押さえ込むと、景太はぐもり声をあげながら泣き始めた。
愛莉が手を離すと、景太は床に煙草を吐き出した。
「ゲホッ、ゲホッ!ご、ごめんなさい…」
「もう二度と吸うな。ニコチン依存症の自覚あるなら病院に行って」
「はい…」
これまで一度も怒ったことがない愛莉がキレたことに、景太は怯えきっていた。
そして愛莉は、その場で景太自身に禁煙外来を予約させた。
禁煙が成功するまで、愛莉の顔色を伺い続ける景太であった。
おわり。