花奈(かな)は出産後、体調を崩す日が多くなった。体が本調子にならず、赤ちゃんの世話はできるが、家事をすることがなかなかできない。
旦那である純平はそんな花奈の代わりに家事をやってくれたが、純平は料理が苦手であった。そのため、食卓には冷凍食品や買ってきた惣菜が並ぶようになった。
「ごめんね、純平。スーパーのお惣菜とか、冷凍食品ばかりで…」
「大丈夫だよ、大人は食える物食えばいいんだから」
「ありがとう」
純平の優しさに、花奈は感謝していた。
しかし、そんな花奈に対して苦言を呈する者がいた。
それは、義父である。
「惣菜や冷凍食品だぁ?そんなモン、舌が馬鹿になるぞ!食べさせるな!」
義父は冷凍食品や惣菜、化学調味料を毛嫌いしており、一切口にしない人であった。
そのため、義母は普段から苦労をしているらしい。出汁はちゃんと取れ、添加物が入っている物は不味い、と口出しが止まらないそうだ。
「親父、今は冷凍食品だって馬鹿にできないくらい美味しいんだぞ」
「ハッ、馬鹿舌が。そんな化学調味料まみれのモン、美味いわけないだろ」
「花奈は調子が悪いから、料理できないのは仕方ないだろ」
「まともに飯も作れないのか。どうせ作るって言っても、何が入ってるかわからないようなタレで肉を焼いたりするだけだろうが」
義父の口ぶりに、花奈はカチンと来た。
ここで喧嘩をしてはいけないと思いつつ、どうしても一言言ってやりたかった。
「そんなこと言ったって、食卓に冷凍食品が混ざって並んだら、お義父さんだって分かりませんよ」
嫌味を言う花奈を、義父は鼻で笑った。
「分かるに決まっているだろ。馬鹿なのは舌だけじゃなくて、頭もか。俺は舌が肥えているんだ」
流石(さすが)の花奈も、頭に血が上った。
義父の言うことが適当であることは知っていた。なぜなら、義母は時々、義父に見つからないようにスーパーの惣菜を食卓に並べているからである。
そして義父は、それに気づいていないそうだ。
「そうなんですね。お義父さんはすごいですね」
「当たり前だ。俺の舌は特別なんだぞ」
テレビ番組のように冷凍食品と料理人が作った物を並べて、義父に冷凍食品を当てさせる催しをしようかと花奈は考えた。
しかし、それではあまりにも面白味がない。
何とかして義父のホラ吹きをやめさせたいと思った。
花奈は長考し、ある一つの方法を考えた。そして翌週、早速行動に移したのであった。
まず、花奈は若者を中心に流行しているSNSに義父の発言を誇張して書き込んだ。
『化学調味料、添加物が入っていたらすぐわかる人がいます!神業!』
そして近所の人や親戚、知り合いに義父の話をした。
その結果、数ヶ月後には、義父は神の舌を持つ男であるという噂が広まった。
「うちの料理店のアドバイザーになってください!」
「テレビ番組です、是非ご出演ください!」
「雑誌の取材を受けてください!」
「な、なんでこんなことになったんだ!」
「お義父さん、よく言ってたじゃないですか。俺の舌は特別だって。テレビ出れますよ」
「そ、そんなの、言葉のアヤだろうが!」
困惑して頭を抱える義父をみて、花奈は笑いが止まらなかった。
その後、義父が自分の舌について色々言うことはなくなった。
花奈がSNSを消したことで噂は自然となくなり、取材の連絡も来なくなった。
どうせなら取材を受けて、赤っ恥をかけばよかったのに…と思う花奈であった。
おわり。